【調査士ねっとわーく】はりこみ

 腕時計を見ると21時をすこしまわっていた。エンジンを切っているため薄ら寒い。外灯の光だけが差込む車内に缶コーヒーと煙草とガム。口の中は不快感に充ち溢れていた。約30m右前方の家から視線をそらさずに胸ポケットから取り出し、左手の平に落としたフリスクの粒。なんとなく違和を感じ一瞬、目を落とす。畜生、三粒も出てきやがった。

 はじめてここに来たとき、ほんの少しだけ抱いた不安。うまくいえないが……。逆に不在宅でも気にならない要素とは? たとえば洗濯物がベランダに干してある。まぁ、夕方には帰宅するだろう。あとは子供の自転車、遊び道具。外に置いてあるものから幼児か小学生かなどの推定は可能だ。いずれにしても長期間不在とは考えにくい。  あの不安はどこから来たのか? ……ごく普通の2階建一軒家なのに、全体的に妙に小奇麗で「生活感」がない。

 乗用車もあるし大人サイズの自転車もある。特に自転車の位置・タイヤの向きには注意していた。朝・昼・晩と時間帯をズラしながら、この1週間何度か訪れたが、それらが動いた形跡はない。郵便物は入ってない。いつも1階だけ雨戸が閉まっている。前回訪問時に思い切ってお隣さんに聞いてみた。 「ここのお宅の方は普段、何時頃ご帰宅されますか」 「うちも、ここに越してきて1年経つけど 2・3回しか会ったことがないんですよ」 なんてこった。勘弁してくれよ。

 人通りがまばらになる20時過ぎ、不自然に辺りを見渡し、玄関先のポストを覗き込んだ。今日がダメなら別の手を考えよう。前日ポスティングした封筒、中身は題して「隣接地測量実施のご挨拶」。そいつはひとり取り残されていた。  ウソだろ? 俺の封筒だけ? ほかの郵便物は? この状況を頭の中で整理しながら、住人の人柄を想像してみる。隣接地所有者の事前情報が乏しければなおさら、ファーストコンタクトは会って挨拶したほうがいい、と思っている。

 不意に携帯電話が鳴った。 「例の3棟現場なんだけどさぁ、明後日からブロックやさんが入るんだよね。忙しいところ悪いけど、明日杭入れちゃって!」

 もう、帰~ろっと。

(この物語はフィクションです。登場人物は実在しません。)  

(記事 湘南第一支部広報員 三浦錦吾 )

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