こんどはそっちですか


こんどはそっちですか 


うーむ。
思い起こすと、これまでいろんな趣味に、顔どころか全身を突っ込んできた。のめりこんだ初めての趣味は天体観測だ。懐かしのハレー彗星ブームに踊らされた中学生である。夜な夜な望遠鏡をのぞきこんだ。厳冬期など相当な寒さだったはずだが、星がキレイなもんだから、ついつい明け方まで。天体観測は道具が命といってもよく、「高橋のアポクロマート」なんていうマニアな言葉を聞いて鼻息を荒くするあなたもアブナイぞ。
次は登山だ。幼少の頃より山歩きのお供をしていたが、学生時代はそれが主たる活動というすさんだ生活になってしまった。疲れるし汚いし、なにが楽しかったのだかよくわからない。10日間山から下りずに、台風と真っ向勝負しながら、山梨から静岡まで南アルプスの稜線を歩いたこともあった。正月の北アルプスでは、あまりの雪の深さに時間がかかりすぎてテントまで戻れず、仕方なしに雪に穴を掘って、着の身着のままビバークしたりもした。

きっとただ歩くのには飽きてしまったのだろう。クライミングという次の趣味に没頭することになる。これにはかなり入れ込んだ。いまでこそ、このクライミングという行為が市民権を得てきているようで、クライミングジムという商業施設も各地で繁盛している。しかし私が始めた頃はそうではなかった。トレーニングしようにも、場所がない。またしても、夜な夜な近所の石垣にかじりついてみたり、竹藪の中で竹を鷲掴みにして登ったり(そして落ちたり)と、まあまっとうな人間としては受け入れてもらえない生活を送っていた。
登り続ける人生に疲れたのだろう。次に身を投げ打ったのはスキーだった。これは上から下へと滑り降りるだけなので、一見楽に思えるものだ。しかし、それこそが難しい。なめらかに圧雪された斜面を滑るだけでは物足りなくなり、あらゆる難斜面で自分を試してみる。オリンピック競技でおなじみの、モーグル用のコースにも通ったが、ちょっとした交通事故並みの大転倒を繰り返した。そして大雪が降ったある日、ゲレンデは深い深い雪に覆われた。そこを滑ったときの新感覚。深く積もった雪は軽く柔らかく、折しもクライミングをやめて増加し始めた体重を忘れさせるような無重力感。これはいい。手つかずの新雪を求めて向かう視線はゲレンデの外へ。いつしかスキーのメインフィールドは、リアルな冬山になった。これはいまでもやめられない。

しかしである。一年のうち、雪があるのはほんのわずかな期間なもんだから、それ以外の時期がヒマでたまらない。ふと気がつくと、海のほとりに立っていた。これまでの人生の中でまったく縁のなかった分野だ。最初は海面を漂って遊んでいた。スノーケルという便利なものがあるのだ。そのうちなぜだか潜り始めた。潜って、当たり前だが誰もいない海底にいると、なんともいえない落ち着いた気分になる。身ひとつで、息が続く限り潜ってみる。最初は5m、次は10m、そして15mと徐々に深く潜れるようになってきた。この趣味ばかりはほんとに危険で、些細な無理も、重大な事故につながる。だから潜っている時間は、自分と本気で対話する時間だ。今度雪が降るまでに、もうちょっと深くまで潜ってみたいと思っている。
(神調報H21.6・7月号掲載) 横浜西第二支部 西田 貴麿


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