早春の朝、「軽く斫れば、杭、入んべ」。
発電機の唸り声が小気味いい。久しぶりに陽を浴びた灰色の塊にビットを当てる。
「ごめんな…」 俺はつぶやいた。ヤツは俺をジッと睨みつけながら砕け散った。
既存の地積測量図と現地はバシッと整合。位置の割出しは容易であった。先日の立会い時「基礎に鋲を打込む」か「可能であれば杭を埋める」かこちらの判断に任せると隣接地権者から了承を得ていた。多少粘り気のある土だがワケなく掘れる。いわゆる「楽勝」というやつだ。自然と鼻歌も出る「♪やっるならいっましかね~♪」。
突如、時が止まった。逸らすことのできない視線の先。「違うよね?」と言い聞かせながらも高鳴る鼓動が俺を焦らす。動きだした時の流れに為す術はないことを悟った。
悪魔の音色を奏でながら湧き出る水。息つく間もなく一定量溜まると、それはフッと消え、静かに、そして力強く水かさを増し続ける。ようこそ「地獄のエマージェンシーワールドへ」というわけだ。
数十メートル先、ここからは死角となる相方に声を張らす。
「緊急事態発生!緊急事態発生!器械撤収!こちらに来てください!どうぞ!。ツー!」
「どこだ!」止水栓を探してもらうが、見当たらない。携帯を弾く指先は明らかに震えている。一刻を争う事態、無情にも旧知の水道屋さんに繋がらない。水道局にヘルプ連絡。相方とともに水が流れていってほしくない方向に堰をつくる。
万事休す。
ご近所さんに事態を伝え、とにかく謝る。さあ、あとは待つだけだ。薄茶色の泡にまみれ、あたり一面、きらりと光る。
どれほどの時間が過ぎたか…。男がふたり、降臨した。ひとりは水が抜ける仕様のスコップを手にただひたむきに穴を掘る。ひとりは管路図を見ながら止水栓を探す。どうやら現況と合わないらしい。貸家敷地となっている隣地内のそれが怪しいそうだ。ビンゴ!水は止まった。そこからの彼らの所作は「天才」としか例えようがない。そして復旧完了。温かみを帯びた日差しの向こうへ彼らは去っていった。
その背中は…俺には“神”にしか見えなかった…。
(この物語はフィクションです。登場人物は実在しません)
(記事 湘南第一支部広報員 三浦 錦吾)