平日の午後、現場によっては帰宅途中の小学生の輩と遭遇することがありまして、この頃は見ず知らずの私に「こんにちは」と挨拶してくる子供も少なくありません。この御時世、挨拶してくるとは親御さんの躾が行き届いているのか、はたまた防犯は挨拶からと生徒に積極的に挨拶を奨励しているのか。多分、後者であろう(言わされている感、ハンパねぇー)。 「防犯指導ねぇー」と思いながら、この子達からどう見られているのか気にしつつ、やっていることというのが隣地境界を探すため屈みこんでいたり、時には、選点作業のためハンマー片手に道路上でキョロキョロ遠くを見つめ突っ立っている。その姿は、あの子達の純粋無垢な眼には、どう映っているのだろう。大人から見てもちょっと怪しいかも。 私事の話ですが、犬を飼っているのでよく散歩に出かけます。コースは専ら近くにある竹林の中を通る巾一間(1けん、1.818m)程の小道で、時代劇のワンシーンにも使えそうな趣があるといいますか、手付かずの放置された唯の竹林といいますか、とにかく地元の人すらあまり利用しない、知られていない場所なんです。こんな場所にも、ウォーキングブームなのか休日など地図を見ながらリュックを背負い散策している方をちらほら見かけるようになりました。私も時間がある(暇な)ときは、平日の真昼間に犬の散歩にでかけます。 ある日、犬の散歩をしていると竹林の小道の向こう側から、ゴルフクラブを片手にもって歩いてくる人がいます。一瞬ドキッとしました。(あーこの人は、散歩中にゴルフの素振りでもしてきた帰りなんだ。きっとそうだ。そうに違いない。)と斟酌するも、すれ違いざまの緊張感たるや。考えすぎなのは、重々承知していますが、真昼間の人気のない山道では、ちょっと怖い。 またあるときは、ごく普通の中年男が(私も四十半ばの中年男ですが)やはり竹林の小道の向こう側から、ウォーキングするでもなく、周りの景色や木々を愛でながら散歩するでもなく、どう見てもこの場所にはそぐわない風貌で歩いてくる。ここで私のビビリセンサーが過剰反応しまして、「こやつ、何者!」と、迫りくる相手との間合いを計りつつ、警戒レベルをMAX状態にしながらある程度の距離を取ってすれ違う。すぐに振り返るのも何なんで、ころあいを見て相手を確認し、心の中で「分け」だなとつぶやく。 歩きながら人や景色を見ながらいろいろ想像して遊んでいるのですが、あの人は、ここに何しに来たのだろうか。今日は休みなのかな、地元の人かなとか。大きなお世話ですよ。きっと向うさんも同じことを思っているでしょう。私は、一目瞭然の犬の散歩ですけど。 ちなみにこの遊びのルールを説明すると 1 まず、相手より先に挨拶をし、相手の返礼なし 「一本勝ち」 2 〃 挨拶を返したとき 「引き分け」 3 〃 無言(小声)の会釈がある「優勢勝ち」 4 〃 挨拶返し会話を仕掛けてきたときは 会話の内容や話術により判定 5 両者とも挨拶無 「引き分け」 6 すれ違い後、先に振り向いた方が「負け」 誰かの歌の歌詞にあったようなルールを作ったのですが、確認しようがないし、やっぱり怖いから6番抜きの特別ルールで楽しんでおります。 そんなことを思いながら、挨拶というは、人間関係の基本足り得るものと再認識するいい機会になります。 「挨拶しよう」と自分に言い聞かせながら、前述した小学生が学校での教えを素直に実践する勇気に「一本」取られたと、今更ながら敬服しました。 これからは、先手必勝の体勢で望み、一本とはいわないまでも、優勢勝ちに持ち込めるように、日々業務中も気を引き締めて勤めていく所存であります。 「ありがとう。いつぞやの少年よ、又、日の本のいずこで会おうぞ。」 (記事 横浜北支部広報員 志田 研哉)
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