【調査士ねっとわーく】さんざん

 澄んだ空気と青い空。残暑とはいえ心地よい爽快感はそれに反する気だるさに相殺された。

 「正直,やりたくねぇなぁ。」

 腰丈ほどの雑草に覆われている傾斜地だが,大半はなだらかで問題ない。が,あの奥のジャングルがよろしくない。

 「どうなってんのか分かりゃしね~。」

 

 チャンバラの如くポールを振り回し,相方は雑草の中を突き進む。

 「ヤツには危機管理能力がないのか…。」

 やや後方を歩く俺の不安はすぐに現実のものとなった。

 右手に突如の激痛,と同時に振り返った相方は俺に叫んだ。

 「逃げろっ!」

 人生初,文字どおり「ハチに囲まれる」体験をしている。これは結構恐ろしい。

 不思議とパニックには陥らない。かといって冷静なわけでもない。あえていうなら思考の「完全停止」といったところか。

 

 目から入った情報は脳で咀嚼・分析されることなく素通りされ,瞬時に全身の筋肉に信号を送る。だから逃げる方向がどうだとか,こっちには別の危険がありそうだとかは考え得ない。そして逃げ切った。己の脚力と2発目を喰らわなかった幸運に感謝だ。

 

 車に戻り,ペットボトルのほうじ茶で毒を洗い流す。絞り出せたか定かではないが一応,気は安らぐ。一番高級なムヒαを擦りこみひと段落。そして戦意喪失。なにしろ「手が痛てぇ」。だが俺は土地家屋調査士だ。ここで怯むわけにはいかない。

 ハチジェットを片手にいざジャングルへ。再びあの草むらに挑むのだ。しかしこれがまた,結構恐ろしい。

 

 話はかわるが俺にはあるポリシーがある。それは「くるぶし丈の靴下しか履かない」ということだ。これには相方から「間違っている」と度々指摘を受ける。しかし無邪気に棒を振り回す男に言われる筋合いは微塵もない。俺には俺の流儀ってものがあるのだ。ほっといてくれ。

 

 「今日はまいったぜ。」と作業終了。相変わらず手は痛いが冗談を言える余裕は取り戻していた。

 「まっさかいねぇよな~。」と談笑しながら靴を履き替える。

 …「いた~っ!」。

 くるぶしの上,まんまるに膨らんだ赤茶色の物体。ヤマビルだ。

 あぁ,「もう好きなだけ吸っちゃってよ…。」

 

(この物語はフィクションです。登場人物は実在しません)

 

(記事 湘南第一支部広報員 三浦 錦吾)

M
E
N
Uarrow_right